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言外に平和を訴えるのは人間だけなのか

海や月はひとつしかなくとも、月の満ち欠けや海の荒れ模様などは時々刻々と変わっていきます。世界のありかたもまた同じ。移り変わっていくもので、そのありように正解というものはありません。

「a」と「the」の使い方ひとつで精妙に表現できるこのニュアンス。しかし機械翻訳にはまだ少し難しいようです。

今回の原文はこちら

If atomic bombs are to be added as new weapons to the arsenals of a warring world, or to the arsenals of the nations preparing for war, then the time will come when mankind will curse the names of Los Alamos and Hiroshima. The people of this world must unite or they will perish.

 

これは、マンハッタン計画で中心的な役割を担ったロバート・オッペンハイマーが1945年11月に行ったスピーチの一部です。マンハッタン計画とはアメリカの原子爆弾開発プロジェクト。世界を滅ぼしうる兵器の威力を目の当たりにしてまもない頃のこの発言には、原子爆弾への畏怖と、平和共存への願いが透けて見えてきます。

毎度恒例、Google翻訳とエキサイト翻訳の訳文を見てみましょう。

Google翻訳

もし戦争の世界の武器、あるいは戦争の準備をしている国の武器に原子爆弾を新たな武器として加えるなら、人類がロスアラモスとヒロシマの名前を呪う時が来るだろう。 この世の人々は団結しなければならない、あるいは滅びるでしょう。

エキサイト翻訳

もし原子爆弾が、新しい武器として、戦争世界の兵器庫、または戦争の準備をしている国家の兵器庫に追加される必要があるならば、人類がロスアラモスと広島の名前を呪う時には、時間は来る。この世界の人々は結束しなければならないか、または、それらは滅びる。

それでは、次から訳文のポイントを見ていきましょう。

A warring world

まず注目すべきは「a warring world」という表現。意味合いとしては「戦争が繰り広げられる世界」というものでしょうか。世界はひとつしかないので、通常なら唯一のものというニュアンスを出すために「the world」を使いますが、ここでは「a world」と言われているのがポイントです。

こちらで解説されているように唯一のものの名前を挙げる場合でも、そのひとつの様相を表す場合は「the」の代わりに「a」を使うことがあります

例えば海も唯一のものですが、「穏やかな海」と言いたい場合は「the calm sea」ではなく「a calm sea」となります。海そのものは常に穏やかでも常に荒れているわけでもなく、さまざまな状態が場所によって時々刻々と変化しているにすぎません。「a calm sea」という表現には、「ここで指し示す海は穏やかだが、穏やかなだけが海ではない」という言外のニュアンスが含まれているのです

この「a warring world」にも同じような含みがあると考えていいでしょう。この場合、「ある時たまたま戦争状態にある世界」あるいは「いずれまた世界各地で戦争が起こった時」という表現になるのでしょう。どちらにせよオッペンハイマーの言葉は、戦争が人間世界の本質たりえないという、平和を願う発言になっています。

これを踏まえて考えると、どちらの訳文もそこまでのニュアンスは表現しきれていないように思えます。

are to be

「are to be added」の部分の訳は、Google翻訳で「加えるなら」、エキサイト翻訳で「追加される必要があるなら」となっており、微妙なニュアンスの違いがあります。「be動詞+to+動詞」という構文はさまざまな意味があり、解釈が難しくなる場合があるものです。

Google翻訳の訳文は、未来のことを言い表すニュアンスで表現したものでしょう。とはいえ原文は「If」で始まっており、「もし将来こうなるなら」という文章になっているので、ことさら「to be」の意味合いが強調されているわけではありません。

対するエキサイト翻訳は、義務や必要性といったニュアンスを強調したものと思われます。先述の通り「If」ですでに未来や予定の意味が含まれているため、「to be」構文も未来を表す用法だと重なってしまうという判断なのでしょうか?

ただの偶然の可能性は高いでしょう。しかし、文中で意味の似た構文が複数存在する場合、エキサイト翻訳はどう処理するのか、これを見ていると気になってくるところではあります。

unite or they will perish

この部分の訳は、Google翻訳で「あるいは」、エキサイト翻訳で「または、」と、いずれも「AとBのどちらか」という併置のニュアンスが強く出ています。「or」という単語の意味からすれば間違いはないのですが、個人的にはこれだけでオッペンハイマーの言わんとしたことを表現しきれているとは思いません。

この「or」は単なる併置でなく、「Aが達成されなければBしかない」という、条件文に近いニュアンスが出ているように思われます。この文章は全体として、各国が原子爆弾を保有するようになれば恐ろしい結果を呼ぶということを表しているものです。

この発言がなされたのは、広島と長崎に原子爆弾が投下されてまもない頃です。たった一発で都市を壊滅させるほどの兵器が現実のものになったという恐怖は相当のものだったのでしょう。

人類が互いにいがみ合うことが、世界の破滅につながる。こうした恐怖が現実になってしまったという背景を考えれば、この「or」は「あるいは」よりは「さもなくば」のような、「もし~でないならば」という言い方の方が合っているのではないかと思われます。

まとめ

今回も自作の訳を載せておきましょう。あくまでも自分の解釈と好みに基づいたものですが、このようになりました。

いつの日か世界を戦雲が覆い、原子爆弾による武装が行われたならば、あるいは戦争に備えんとする国が原子爆弾を保有したならば、人類がヒロシマとロスアラモスの名を呪う時が来るだろう。世界の人々は団結せねばならない。さもなくば滅亡が待っている。

上述した「a warring world」の含みを表現するため、「いつの日か」という仮定の形を採用しました。こうすることで、戦争状態にある世界はあくまで一時的な、世界のあり方の一部分に過ぎないことを表現。滅亡が「待っている」というニュアンスは原文にはないのですが、重々しい言い回しがよいだろうと思い採用。何より言葉のリズムが好みなのです。

技術の進歩がもたらす変化は時に恐ろしい結果を招くもので、原子爆弾の発明はその最たるもののひとつでしょう。個人的にはAIや機械翻訳の発展もまた、十分恐れるべき変化をもたらすものと考えています。

原子爆弾の脅威から世界を守るには、ひとまず協調し、団結するという解決策が最初から見えていました。しかし知性を持つ機械がもたらす変化を自分にとってプラスにするには、一体何をすればいいものか?

先が見えないままの悶々とした日々は、もうしばらく続きそうです。

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