政治やビジネスなど、重層的にさまざまな意味を含む言葉は扱いが難しいもの。ニュアンスの解釈が食い違えば、話がひどくこじれる場合があります。
もちろん、翻訳の際にも注意を払う必要があります。どの言葉を当てはめるか、どの意味にフォーカスするかの意思決定は、まだ機械翻訳には荷が重いようす。
今回の原文は、NHKゴガクルのページより。英文の下に対訳の和文も引用してあります。
Smart businesses will do whatever it takes to get the best and the brightest on their team.
賢明な企業は、自社のチームにえりすぐりの優秀な人材を確保するためなら、手段を選ばないのですよ。
Google翻訳の訳文は、以下のようになりました。
スマートビジネスは、自分のチームで最高と最高を得るために必要なことは何でも行います。
ぜひ対訳文と読み比べてみてください。おおむね同じように見えて、結構な違いがあるもの。
それでは、訳文のポイントを見ていきましょう。
スマートビジネス
これは書き出しの「Smart Business」に相当する箇所。個別の単語はどちらも外来語として存在するので、シンプルに「スマートビジネス」とつなげてしまいたくなりますが、ここは我慢。
日本語で言うビジネスとは、経済的行為にまつわる様々な意味を含む抽象的な言葉です。一件あたりの商談や取引を指す場合もあれば、会社単位の事業活動、また広い範囲の経済活動をビジネスと言い表す場合もあります。
この文章は「Business」が主語であり、「do whatever it takes(何でも行う)」という動作の主体となっています。行為としてのビジネスが何かを行うという文章はなんだか不自然に思えますね。可能であれば、行為ではなく実在するものを主語に据えたいところ。
英単語の「business」には企業という意味もあるので、こちらの方がしっくりくるでしょう。出典ページの対訳も「賢明な企業」となっています。あえて「ビジネス」の語を残すにしても、例えば「ビジネスに携わる者は」というように、人や組織を指すような言い方になるよう工夫する必要があります。
単にビジネスと言ってしまえば簡単ですし、意味としても間違いではありません。ですが自然な文章を書くことまで考えると、ビジネスという語に含まれる意味をじっくりと精査しなければなりません。逆に機械翻訳に問い詰められているような心地。
最高と最高を
この部分は「The best and the brightest」の部分に相当します。
これは一般的に「最良の、最も聡明な人々」と訳されます。「best」が「最良」、「the brightest」が「最も聡明」という言葉に対応している点、また「人々」という意味がある点に注目してください。
Google翻訳の訳文は「best」と「brightest」のニュアンスの違いを丸めてしまい、どちらも「最高」という言葉に変換しています。「best」の意味としてはこれで適切です。しかし「bright」という言葉には「賢い、聡明な」という意味があるので、こちらまで「最高」にしてしまうと問題でしょう。
また、Google翻訳の訳文では「人々」というニュアンスも抜け落ちています。
「the best and the brightest」という表現は一種の慣用句で、1972年に出版された同名のドキュメンタリーによって広く知られるようになりました。同書では、アメリカのケネディ政権とそれに続くジョンソン政権の「最良の、最も聡明な(the best and the brightest)」閣僚たちがどうして泥沼のベトナム戦争へと突き進んでいったのかが描かれています。
この由来を知らない人が読んだ場合でも、「brightest」という単語から推測し、知性を持つ主体を指し示す名詞節として「人」という言葉に行き当たることは可能でしょう。しかし、「brightest」を「最良」と解釈してしまった場合は問題です。こうなると「最良で最良なもの」は実在する対象なのか、あるいは別の抽象的なものを指しているのか、手がかりがなくなってしまいます。