Loading...

「be」は「ある」か「なる」か? 使い分けるべきタイミングに注意

世にある、世にあらぬ、それが疑問ぢゃ――『ハムレット』坪内逍遙1933年改訳版。

英語の「be」という動詞は、「ある」「いる」または「である」という、現在について存在を指し示す訳語にするのが普通です。

しかしその限りではないことも。存在について表現する翻訳の妙味を、機械翻訳が出せるのはいつの日か。

今回の原文は、TEDより「Why I’m done trying to be “man enough”」からの引用です。

I challenge you to see if you can use the same qualities that you feel make you a man to go deeper into yourself. Your strength, your bravery, your toughness: Can we redefine what those mean and use them to explore our hearts? Are you brave enough to be vulnerable? To reach out to another man when you need help? To dive headfirst into your shame? Are you strong enough to be sensitive, to cry whether you are hurting or you’re happy, even if it makes you look weak?

これは、コメディードラマ『ジェーン・ザ・ヴァージン』の主演俳優ジャスティン・バルドーニが、「男性らしさ」について語ったプレゼン。

強くタフであることが男らしいという価値観に疑問を抱き、勇気や強さ、自信といった資質を、自分の悩みや苦しみをさらけ出す、あるいは他者への共感を行う方向へ振り向けるべきではないかと語っています。彼の目的は、「男らしさ」の再定義。その一環として投げかけられた、挑戦好きの男性諸氏への難題です。

元のページに飛べば日本語字幕も見られる上、全体を文字起こししたものも複数言語で読むこともできます。日本語訳も載っているので、ぜひ参考にしてみてください。

では、今回のGoogle翻訳文はこちら

私は、あなたが自分の中に深く入るように感じるのと同じ性質を使うことができるかどうかを知るためにあなたに挑戦します。 あなたの強さ、あなたの勇気、あなたの強靭性:それらの意味を再定義し、それらを使って心を探検することはできますか? あなたは脆弱なほど勇気がありますか? 助けが必要なときに別の人に手を差し伸べるには? あなたの恥ずべきに頭を浮かべるには? あなたが弱く見えても、あなたが傷ついているかどうかにかかわらず、あなたが幸せであるかどうかにかかわらず、敏感で強い程泣いていますか?

短い文が続くためか、破綻の少ない文章に仕上がっています。とはいえ気になる点はあるもの。以下からいくつかポイントを見ていきましょう。

enough to be

文中に2度出てくる「enough to be」という表現。最初の「brave enough to be vulnerable」は「脆弱なほど勇気が(ありますか?)」、2度目の「strong enough to be sensitive」は「敏感で強いほど」と訳されています。「enough to be」の意味はくみ取れているのですが、少し日本語の表現が気にかかります。

この文中では、「~なほど」とするよりは「~になれる(そう振る舞える)ほど」という言い回しの方がしっくりくるでしょう。文中で「be」という単語が表しているのは「単に~である」ということではなくて「たとえ今はそうでなくても、未来においてそうなる(あるいはそう振る舞う)」というニュアンスです。

「Be kind」や「Be brave」などbe動詞を使った命令文を思い浮かべてください。これらの訳文は「親切にしましょう」や「勇気を出しなさい」というように、現在ある状態にかかわりなく今後そのようになるべきだというニュアンスが含まれています。本文中の「be vulnerable」や「be sensitive」も、今そうではない人々に呼びかけるための言葉であるなら、「~になれる(そう振る舞える)ほど」のような、英単語の「become」の訳語に近い言葉を選ぶべきでしょう

to go deeper into yourself

これは「自分の中に深く入る」と訳されている箇所です。訳文自体は悪くないのですが、問題は文章の構成と、この文節が配置される位置です

この文はちょっと込み入った構成になっているので、まずは分割してみましょう。この文はA)「I challenge you to see if you can(あなたにできるかどうか挑戦してみましょう)」、B)「use~to go deeper into yourself(~を使って、自分の内面を深く掘り下げる)」、C)「the same qualities that you feel make you a man(男らしさを感じさせるものと同じ資質)」の3つのパーツから構成されています。このうち、Bパーツの「use ~ to」の「~」にはCパーツがすっぽり入っていて、合わさることで「男らしさを感じさせるような資質を活用し、自分の内面を深く掘り下げる」という意味ができあがります。「資質(qualities)」を修飾しているのは、「男らしさを感じさせるような」という文節である点に注意してください

ところが訳文では「資質」を修飾する文節に「to go deeper into yourself」の訳文が紛れ込んでおり、「男らしさ」のニュアンスが抜け落ちています。「qualities that」以下には「qualities」を修飾する修飾節が続いていますが、どうやら「to go deeper」以降まで含めてしまい、「男らしさを感じさせる」「自分の内面を掘り下げる」という、2つの性質を持った資質である、というように解釈してしまったようです。「that」や「to」が連なっていると、文節をどこで区切るべきかややこしい場合があります。

dive headfirst into your shame

この箇所の訳は「恥ずべきに頭を浮かべるには?」というどうもおかしな文になっています。この一文は「dive into your shame(恥ずかしいと思うことに飛び込む)」という文に「headfirst(真っ逆さまに、まっすぐに)」という副詞を添えたもの。それがなぜか「頭を浮かべる」という妙な言葉が出てきています。

訳文を混乱させた犯人と思しきはどうもこの「headfirst」。この単語だけをGoogle翻訳にかけると「頭が痛む」と出てきます。また、「dive headfirst into」単体、また「dive into headfirst」と単語の順番を変えてみても、やはり「飛び込む」ではなく「頭を浮かべる」と出てきます。

余談ながら「dive headfirst」とだけ入力すると、訳語は「ダイブヘッドフォース」に。ファーストがフォースに入れ替わっている妙な読み間違いが、訳文の生成にも影響したのでしょうか?

図らずも「ある」と「なる」の境目を探求することになった今回の訳文。今の状態はどういうものか、そしてこれからどうなるのか――機械翻訳だけではなく、人間や翻訳、言葉を使うという行いそのものについても、今後問うべき転機が訪れるのかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です