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「こたび誠にご。」――これは噂の「AI語」なのか?

死に対する姿勢は文化によってさまざま。場所によっては死を生きる苦しみからの解放ととらえ、笑いながら葬儀を行う文化もあるのだとか。

本記事で扱うのは、いわゆる常識的なお悔やみの言葉。しかしGoogle翻訳が読み取ったのは、日本語で書かれた日本語ならぬ言葉、「Google語」と言っていいような言葉でした。

今回の原文は、weblioの英文メール例文集より、お悔やみのメールの文例です。出典ページには英語の対訳も載っているので、そちらもぜひ参照してみてください。

ボンド様のご逝去を聞き、心よりお悔やみ申し上げます。

ボンド様はビジネスマンとしてだけでなく、人間としても素晴らしい方であったと存じます。彼を失ったことは貴殿だけでなく私たちにも大きな損失となるでしょう。

このたびは誠にご愁傷様でした。

ご冥福をお祈り申し上げます。

それをGoogle翻訳が訳したのが以下の通り。ここから、訳文のポイントを見ていきましょう。

Listen to Mr. Bond’s death and express my condolences from the bottom of my heart.

I think that Bond was a wonderful person as well as a businessman.

Having lost him will be a big loss not only for you but also for us.

Thank you very much for your kindness.

聞き(→listen to)

これは「listen to」と訳されていますがちょっと待った。英語の「listen to」はもっぱら「傾注する」「耳を傾ける」というニュアンスが強い単語です。ここで「聞く」ことになるのは「ボンド様のご逝去(Mr. Bond’s death)」であり、それに耳を傾けるというのは不自然です。

日本語の「聞く」の用法に注目しましょう。この言葉は「音を耳で聞く」、「注意を払って話を聞き理解する」、そしてそこから転じた「何かについての話が耳に入り、そのことを知る」という意味でも使われるもの。この文では訃報をただ聞くだけでなく「亡くなったことを知った」というニュアンスが含まれているので、「知る」という意味の英単語をチョイスするべきでしょう

ところで原文の対訳を見ると、これに相当する部分は「learn」と言う単語が使われています。「知る」という意味でよく使われる「know」ではないのに注意してください
「learn」にも「know」にも同じ「知る」という意味があります。字義は同じでも両者には微妙なニュアンスの違いがあり、前者は「知識を得る」、後者は「それについての知識を今持っている」という使い分けがなされるのです。

例を挙げてみましょう。前日見たニュースで報じられた出来事について誰かと話しているシチュエーションを想像してください。相手から「こんなことがあったのを知っているか?」と聞かれた場合は「know」の出番です。これは今現在それについての知識があるかどうかを訊ねられているので、「知っている状態にある」ことを示す「know」が使われます

もう一つ、「いつそのニュースを知ったか」と聞かれたら「learn」の出番です。これに対する返答は「昨日のニュースで知った」なのですから、ここで「know」を使ってしまうと、ニュースを見て始めて知ったくせに、その前から知っていたような口ぶりになってしまい、とても不自然です。

ちなみにその出来事について知らず、知っているかどうか質問された時に「今知った」と言いたい場合は、ちょうど今知識を得たのだから「learn」の出番です。

存じます(→I think)

これは訳文で「I think」となっています。実のところ、この訳がこれでいいのかそうでないのかはごく微妙なところ、という印象です。

「存じます」という言葉は、「思う」を表す謙譲語。字義を見れば「I think」で問題ないと思われるのですが、果たして故人を偲ぶ折、素晴らしい方であったと「思います」などと言うものでしょうか?

英文の対訳を見るとこの部分は「knew」になっています。これであれば故人は素晴らしい方だったとほぼ断言するような形になり、こちらの方が妥当であるように思われます。素晴らしい方であったと「ずっと知っていた」わけなのですから。

ところで「存じます」と似た言葉に「存じ上げます」という謙譲語があり、こちらは「知っている」という意味。日本語の方のミスで両者を取り違えた可能性もありますが、断言はできません。

ともかくこの部分の英訳は難問です。文字を追うだけでなく、生前のボンド氏と「私たち」の間にどれほどの付き合いがあり、ボンド氏のことをどれだけ知っていたか、という周辺情報がなければ、どちらとも決めがたいのです。どちらかといえば「knew」とした方が角が立たないようにも思えますが、このようにテクスト外の情報を仕入れないと翻訳のしようがない時が往々にあります。今回の場合は謎多きミスター・ボンドの身辺を探るほかはないのでしょう。

このたびは誠にご愁傷様でした。(→Thank you very much)

今回の訳文随一の怪訳。なんと英訳文は「Thank you very much」となり、字義もコンテクストもめちゃくちゃです。

ここで語られるべきは「故人が亡くなったことを大変残念に思います」という意味の言葉。英語で言うなら「I’m very sorry for your loss」と言えば、「(その人を)失われたことを大変残念に思います(同情いたします)」という意味になり、申し分ない表現になります。

あらかじめ言っておくと、原文を「この度は誠にご愁傷様でした」と書き直せば「This time I was really sorrowful」という英訳文ができます。「This time」があたかも同じことが複数あったかのように響いて不自然である点を除けば、少なくとも「自分は悲しい気持ちだ」ということを伝えているので、まだ意味は近くなります。

どうしてこのような訳ができたのでしょう?

どうやらGoogle翻訳は、そもそも「ご愁傷様」という言葉を認識していないようす。それどころか、日本人にとっても意味を成さない文字列を読み、あたかも何か意味があるかのように捉えて英訳文を出力しているみたいです

どこをどう読み取っているものか調べるため、ものは試しに文の終わりから1文字ずつ削っていきました。すると「このたびは誠にご。」の段階までは「thank you very much」の意味が残り続けたのです。「このたびは誠に」になると「indeed this time(今回は本当に)」となり、これは理解可能な読み取り方です。

もう少しチェックしてみると、最終的に「こび誠にご。」の文字列が「thank you very much」に対応することがわかりました。ここからはどの文字を削っても「thank you very much」にはなりません。

これの何がどうなって「thank you very much」の意味に訳されうるものかは全くの謎です。何に根ざすどういうミスなのか、Googleの中の人にもわからないのかもしれません。けれどもなんだか面白いので、人間が読んで意味不明でもGoogle翻訳は何らかの言葉に訳してくれる文字列を「Google語」と勝手に名付け、今後も探して収集してみたいと思います

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