Loading...

文章の雑なシンプル化に要注意

機械翻訳にはまだまだ間違いが多いのは周知の事実。しかしその大半は、文章を逐語訳して並べただけで意味が通らない、というもの。
……だったと思っていました。ところがGoogle翻訳は、場合により大胆に文章を再構成して間違えてくれることもあるようです。

今回の原文はWikiquoteより、遠距離恋愛について語ったこの言葉。

Contrary to what the cynics say, distance is not for the fearful, it is for the bold. It’s for those who are willing to spend a lot of time alone in exchange for a little time with the one they love. It’s for those knowing a good thing when they see it, even if they don’t see it nearly enough.

Google翻訳の英訳文はこちらの通りです

皮肉なこととは対照的に、距離は恐ろしいものではなく、大胆なものです。 彼らは、彼らが愛する人と少しの時間のために多くの時間を費やす意欲がある人のためのものです。 たとえそれが十分に見えなくても、彼らがそれを見るときに良いことを知っている人のためです。

なかなか興味深い誤訳が含まれたこの訳文、次からポイントを見ていきましょう。

The cynics

これは「皮肉なこと」と訳されていますが、これは明らかな間違い。「the + 形容詞」で、「~の人々」という意味になるので「こと」と訳すのは違います。

これは直後に出てくる「the fearful」と「the bold」にも同じことが言えます。

この用法に則して訳すならば、最初に出てくる「the cynics」は「cynics(皮肉)な人々」なので「皮肉屋」のようになるでしょう。続く「the fearful」は「臆病者」、「the bold」は「果敢な人」のような訳語が考えられます。

最初の「the cynics」に関しては、もうひとつ興味深い点があります。

それは動詞の「say」が訳文から抜け落ちていること。これは「言う」という意味の単語ですが、「this document says~(この文書には~と書いてある)」という用法があるように、無生物を主語として「伝達すること」全般を示す言葉としても使われます

Google翻訳は時々、単語や文節を抜かして訳文を作ることがあります。文脈に沿わないと判断した結果ノイズとして排除されるものと思われますが、そう仮定してもこの部分は奇妙です。まるで「say」をあえて無視して「contrary to what the cynics」という文面を「contrary to what is cynics」に変換し、シンプルな「…is~」の形に直したかのよう。

これ以降の部分も「the fearful」と「the bold」を人間でないと認識していないだけでなく、「for」を省略して文型をシンプルに変換した上で訳してしまっています。もちろん意味は原文から変わってしまい、本来なら「…は~のためのもの」という意味であったのが「…は~である」という形に訳されています。

1箇所だけならまだしも、同じ文中で3度も続けて「省略からの単純化」という書き換えが行われたというのは首をかしげざるを得ません。

for a little time with the one they love

これは「愛する人と少しの時間のために」と訳されていますが、これだけではどういう意味なのか少しぼやけたまま。一部に言葉を補ってやる必要があります。

ここのポイントは「with」と「the one they love」。

「(愛する人)と」に対応する言葉は原文の「with」です。これは「一緒に居る、一緒に過ごす」というようなニュアンスが含められているので、訳す際は動詞まで含めてやるとより伝わりやすくなります。一例としては「愛する人と過ごす」という訳が考えられるでしょう

もうひとつ興味深い点は「the one they love」の訳。これは「愛する人」と訳されており、ここで日本語の「人」に相当するのは原文の「one」。

本来「one」は多様な意味を持つものです。指し示す対象は必ずしも人ではないので、文脈を読まず機械的に「人」と訳せるわけではありません

例えばカクテルの話をしていて、その文脈で「This is the one I love」と言えば、この「one」はカクテルを指していると解釈できます。

冒頭の「the + 形容詞」が人間を表すとは解釈できなかったのに、この部分では「one」を「人」と訳すことに決まったというのは興味深い点です。

Google翻訳はニューラルネットワークを採用したAIの一種です。より適切な翻訳を出力するために学習用データを必要とするのですが、こうした結果からは、「the + 形容詞」についてはいつでも的確に認識できるほどのデータがなく、逆に「the one they love」という語句の訳は高い確率で「愛する人」となるような、ある種のデータの偏りがあるのではないだろうかと思われます(けっこうな規模の検証が必要なので、確かなことは何も言えないのですが)。

those knowing a good thing

この訳は「良いことを知っている人」。

ここの「those」は「those who」や「those that」と似たような用例で、「~する人」と訳されます。この場合は動詞である「know」を現在進行形にすることで修飾語として使い、「(~であると)わかる人、見分けられる人」となります。

でもいったい何が「わかる人」なのでしょう。

「know a good thing when one sees it」という慣用表現があり、本文でもこれが使われています。意味は「見る目(洞察力)がある」というような意味。直訳すると「見たときによいものを知る(わかる)」というぐあいでしょうか。

本文はこのあとに「even if they don’t see it nearly enough(たとえ十分によく見えなくとも)」と続きます。文章全体としては、「(距離を置いた恋愛は)たとえそのものがよく見えなくとも、よいものをよいと見分けられる人にこそふさわしい」というような意味を伝えているのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です