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主語を選ぶ時にMicrosoft翻訳が使うシンプル(かもしれない)な規則

日英翻訳を機械翻訳で行う上で頻発する問題は、主語の補完です。主語を省略する場合が多い日本語の文章は、英訳するにあたって文脈を読み取り、何らかの主語を類推して補う必要があります。

Microsoft翻訳はこれにどう対処しているのでしょうか?どうやら、敬語表現に基づいたシンプルな規則を定めている様子です。

今回の原文は、PHP文庫『そのまま使える!ビジネスメール例文集』より、以下の文章。

ご提案、ありがとうございます。少しお時間をいただき、社内で検討させていただきまして、できるだけ速やかにご返事させていただきます

Google翻訳訳文はこの通り。

Thank you for your suggestion. I will give you a little time and I will review it internally and I will reply as soon as possible.

Microsoft翻訳はこちらです。上はオフライン、下はオンラインで訳させた場合の訳文です。

Thank you for your suggestion, thank you for your time. We will review it in-house and we will reply as soon as possible

Thank you for your suggestion. I will give you some time to consider in-house, and we will reply as soon as possible

それぞれの訳文の出来映えはどうでしょうか。要点を見ていきましょう。

少しお時間をいただき

この訳は、Microsoft翻訳のオンラインとオフラインで大きな違いが出ています。

Microsoft翻訳オンラインの翻訳は「I will give you some time~」。これはGoogle翻訳の出力した訳文と大意は同じです。

Microsoft翻訳オフラインは、文の区切り方を原文から少し変えています。該当の箇所を元々含んでいた文章から切り離し、前の文の一部として「thank you for your time」と訳しています。

それぞれ意味はどうなっているのでしょう。

オンラインとGoogle翻訳の訳文は明らかな誤訳です。本来この文章は、「please give(allow) us some time」というような表現になるべき文章。ところが訳文は「こちらが相手に時間を与える」という、原文の意図とは反対の意味になっています

一方オフラインの訳はどうでしょう。こちらは「お時間をありがとうございました」というような意味合いになっています。これは該当箇所が前の文章に紛れ込んだために、「お時間をいただいて」が「ありがとうございます」にかかったためにこのような訳になったのでしょう。さらに訳文には動詞に相当するものがないため、「いただき」という部分が抜け落ちて「thank you for your time」になったものと思われます。

どうして前の文章に紛れ込んだのかはわかりませんが、結果的には、Microsoft翻訳オフラインの訳が一番原文のニュアンスに近いものとなっています。とはいえ正確に反映し切れているわけではなく、文章の切り方を変えるという不可解な操作の結果であるため、これをもって一概に性能が高いとは言い切れないでしょう。

「review」と「reply」の主語

これは、Google翻訳とMicrosoft翻訳の間で大きな違いがあります。前者は「I」で「わたし」、後者は「we」で「わたしたち」あるいは「弊社」というようなニュアンスになります

この訳はトリッキーです。なぜなら原文は主語が略されているため、英訳するためには原文にない何らかの主語を補わなければなりません。そして、補う主語は文脈から推察するしかないのです

文章の背景を考えると、これは会社の人間として取引先に送るメールの文面です。英語のビジネスメールの慣例として、会社として書面を書く場合、自分が行う動作の主語は「we」になります。なので主語を「we」としたMicrosoft翻訳は、「I」と訳したGoogle翻訳よりも的確な訳文だということになります

とはいえ結果としてはそうなっても、その過程はどうなのでしょうか。Microsoft翻訳は、主語を補うにあたって何を手がかりにしたのでしょうか

この例であれば、文中に「社内で検討させていただき」という箇所を手がかりに、会社の人間としてメールを送っていることが推測できます。Microsoft翻訳がこの「社内で」という単語を手がかりに「we」の主語に行き着いたのであれば、文脈を読む性能はかなり高いといえます

しかし結論から言えば、Microsoft翻訳にそこまでの機能はないようです。その代わり、主語を推察しなければならない状況では、敬語を手がかりにするシンプルな規則を使っているらしいことがうかがえます。

原文を書き換えて「検討してできるだけ速やかに返事します」という入力を入れてみましょう。原文と比べると、最後の「します」を除いて、文中から敬語がなくなっています。この入力文だと主語は「we」になりました。

これをもう少し書き換えて「速やかに返事するよ」にすると、文中から敬語表現は一切なくなります。こうすると、訳語の主語は「I」になります。
この結果だけを見ると、主語の決定には敬語表現が関わっていることがうかがえます。

最後に、「社内で検討してできるだけ速やかに返事するよ」という入力文はどうでしょうか。「社内で」という語が入っているので、先述したような文脈理解が可能なのであれば、主語を「we」にできるはず。

ところが訳文は「I’ll consider it in-house and report it as soon as possible.」になります。「社内に」という語は「in-house」と訳されているのですが、主語は変わらず「I」のままです。敬語の有無による変化には対応している一方、「社内に」という単語の存在は主語の選定には寄与していないらしいことがうかがえます

ちなみに、3番目の文の末尾を「返事します」とした場合、なぜか「In-house review and report as soon as possible」という訳文になります。これは主語動詞を備えた文というよりも、断片的な文節のように見えます。これは「社内で検討してできるだけ速やかに返事」という入力文と同じ訳文なので、どうも最後の「します」が何らかの理由で訳文に反映されなかったものと思われます。

ややもすると、もっと複雑な規則があるのかもしれません。もっと大規模に調べれば別の結論が導き出せるのかもしれませんが、少しテストをしてみた限りでは、Microsoft翻訳が主語を補う場合、幅広い文脈よりも文中に敬語表現があるかないかが主語選定の重要な要素になっているように見えます

主語が省略された対話文を訳す際に主語を的確に選ぶには、話者の立場と相手との関係性、そして状況の把握が欠かせません。

そこまでの情報を拾い上げようとすれば、広い意味での文脈理解が必要になるわけです。主語を省略した文章の英訳というのは、なかなか興味深く、かつハードルの高い課題であるのかもしれません。

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