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「博士の異常な愛情」が人名になる!再翻訳にみる「the」のむずかしさ

古今の名作の邦題をGoogle翻訳にかけたなら、果たして原題が出力されるだろうか? これには100人が100人ノーと答えることでしょう。

では質問を変えてみましょう。どのような日本語を入力すれば、原題を再現できるのでしょうか?

今回取り扱うタイトルは『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか(原題: Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb)』。

米ソの核軍拡競争が激化する1964年に公開された映画で、監督はスタンリー・キューブリック氏。世界を滅ぼしかねない米ソの全面戦争の瀬戸際に立たされたアメリカ首脳部の混乱をユーモラスに描いたブラックユーモア映画の金字塔です。

このタイトルをGoogle翻訳に英訳させると、以下のようになります。

Dr. Unusual Affection

Or how I stopped worrying and came to love the hydrogen bomb

本来なら「博士の異常な愛情」とそれ以降はスペースが挟まれるのですが、今回は訳すにあたり改行を挟んで前後を区切り、別々の文章として訳させました。

それでは訳文のポイントを見つつ、原題を出力させる方法を探っていきましょう。

博士の異常な愛情

原題でこれに相当する部分は「Dr.Strangelove」。これはメインキャラクターの一人である「ストレンジラブ博士」という人の名前なのです。本作の監督スタンリー・キューブリック氏は、映画タイトルの翻訳に際してできるだけ言語に忠実にすべし、という姿勢でした。それを受けて、おそらく翻訳を担当した人がユーモアを込めたのでしょう、「ストレンジ・ラブ」という単語に分解して「異常な愛情」と逐語訳したのです。

不思議なことにこれを訳させると「Dr. Unusual Affection」という、奇妙に人名じみた訳語が出力されます。

日本語の文法を見てみると、この部分は博士の(所有格)異常な(形容詞)愛情(名詞)という構造になっています。これは普通なら「Unusual affection of a doctor」や「doctor’s unusual affection」という名詞してと訳されるはずであり、あえて「Dr.」を冠した人名のように訳す合理性はどこにもないはずなのです。Google翻訳は以外にも、キューブリックゆかりのこのユーモアを解しているのでしょうか?

本題に入りましょう。現代通り「Dr. Strangelove」と出力させるにはどうすればよいか?

ズルのようですがシンプルに「ドクター・ストレンジラブ」と入力すれば「Dr. Strange Love」という英訳文が出力されます。ひとつづきの「Strangelove」にならない点が少し残念ですが、これで前半部分は解決。

他にも「ドクター奇妙な恋」でも「Strange Love」の訳語になりました。英語のニュアンスで「Love」と言う時、日本語の感覚では「恋」と「愛」のどちらが近いのでしょう、少し気になりますね。

または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか

これをそのまま英訳させると、「Or how I stopped worrying and came to love the hydrogen bomb」。原題は「How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb」なので、細かな違いが散見されます。

ここで原題の「learned」という単語に注目してください。

「learn to」で「~する方法を習得する」という意味を表します。原題の言わんとすることは、単に「~するようになった」ではなく、学習や努力の末にこのような状態に至ったというニュアンスがあるのです

この「learn to」には動詞の原形が続きます。そこを注意して読めば、直後に来る「stop worrying」だけでなく「love the bomb」も「learn to」にかかっていることがわかります。ということは「心配することをやめる」と「水爆を愛するようになる」ことの両方とも「learn to」にかかるよう訳させなければなりません。

もう一つ、原題には邦題にある「水爆」という言葉はありません。原題には単に「The bomb(かの爆弾)」とだけ書かれており、婉曲的に核爆弾を指し示しています

これを踏まえ、この部分の原題を出力させるにはどのような日本語を入力すればいいのでしょうか?

まず思いついたのは「私は如何にして心配するのを止めて爆弾を愛することを学んだか」。こう入力すると「How I learned to stop worrying and love bombs」という訳語になります。

注意点の一つは「心配するのを止めて」という部分。これを例えば「心配するのを止め爆弾を」や「心配するのを止めて、爆弾を」にしてしまうと、「learn to」が「stop」と「love」の両方にかからない訳文ができてしまいます。Google翻訳は細かいことにうるさく、ほんの少し文章を変えただけで訳語をごっそり変えてきてしまいます。

もう一つ難関は「the bomb」という言葉。「The」という単語は、日本語に訳された場合「あの」などと訳されますが、どうもその逆は必ずしも成り立たない様子。一例として「あの爆弾」では「that bomb」になってしまいます。「かの爆弾」と入力すれば「the bomb」が出てきてくれますが文の構成が大幅に変わり、「How did you learn to love the bomb on how to stop worrying me?」となってしまいます。

これは「私に心配をかけることをやめる方法についての爆弾を愛することをあなたはどう学び取ったか?」という支離滅裂な文章。今回ここは妥協して「that bomb」にしてしまいましょう。「the bomb」をうまく出力させる方法をご存じの方はご一報くだされば幸い。

英語の文法にある「the」は、日本語の「それ」に対応すると教えられる場合もあります。しかし意味を深く穿ってみると、単なる単語の対応では説明しきれない、根本的なの違いに行き当たるもの。「the」を日本語から出力させようとすると文章がそっくり変わってしまうのには、そのような根本的差違が原因にあるのかもしれません。

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