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要求するという「require」の言い換えはどう考えを進めるべきか

「要求する」「必要とする」という意味で頻出する「require」。主語がアクティブに何かを欲するような印象の言葉で、意味はわかっても日本語に落とし込むのは難しい場合もある悩ましい単語です。

これを訳すにはどう考えればいいのか、どのような言葉が入りうるか、今回の記事で少し考察してみましょう。

今回の原文はこちら

Human progress is neither automatic nor inevitable… Every step toward the goal of justice requires sacrifice, suffering, and struggle; the tireless exertions and passionate concern of dedicated individuals.

これはアメリカで黒人の公民権運動を指揮したマーティン・ルーサー・キング牧師の発言です。人間は何もしなくても進歩するわけではない。進歩には苦難と犠牲と、個人の献身が必要である――という旨の一言。20世紀半ばのアメリカ公民権運動に火をつけたモンゴメリー・バス・ボイコット事件から、世界的に有名な「I Have a Dream」の演説まではほぼ10年。そこからさらに半世紀を経た現在も、差別と偏見が世界からなくなってはいないことをみると、公平を求めた長く苦しい運動に身を捧げたキング牧師の洞察の見事さに感服せざるを得ません。

それでは、Google翻訳の訳文と、気になったポイントを見ていきましょう。

人間の進歩は自動でも必然的でもありません…正義の目標に向かうすべてのステップは、犠牲、苦しみ、闘争を必要とします。 献身的な個人の不断の懸念と情熱的な懸念。

every step ~ requires

訳文でいう「すべてのステップは~必要とする」に対応する部分です。
意味は間違っていないため、正しい訳ではあるのですが、どうも個人的な話で、「~を必要とする」という表現は少しだけぎこちない心地がします。

この場合の「require」を単に「必要とする」だけでなく、「何かがないといけない状態」と、抽象的に捉えてみます。文中に出てくる「step」は「goal of justice」へ向かって人類が進歩していくことを比喩的に表した言葉。いわば観念的な対象であって、それが何かを要する、あるいは要請するというような「動作」をしているわけです。その表現をそのまま日本語にもってくるのは、英語の感覚が残りすぎているのではないだろうかと思うのです。

もちろんそれで意味は伝わるから問題はないのですが、もう少し日本語としての自然さを追求するとどうなるのでしょう。

「require」を「何かがないといけない状態」と捉えてみると、「進歩には犠牲、苦しみ、闘争がないといけない」という風に訳文を書き換えられます。もう一歩進めてみましょう。進歩をA、犠牲、苦しみ、闘争をBと書き換えると、これは「BなしにAは成立しない」という形まで単純化できます

一度ここまで単純化すると、「必要とする」という以外のさまざまな表現を膨らませることができるのではないでしょうか。これを踏まえて、私が自然と思う訳として「目標へと一歩進むためには、犠牲と苦難、闘争が不可欠である」という例を挙げておきます。

この辺の言語感覚は人によってばらつきがあるでしょうし、「必要とする」で一向に問題なしとする人もいることでしょう。しかし、このように単純な形まで分解して再度表現を膨らませるという方法は、場合を問わず自然な訳文を作るために意識するといいのではないでしょうか。

the tireless exertions and passionate concern of dedicated individuals.

これは訳文の最後の一文に相当する箇所です。訳文を読んでみるとどうも動詞がなく、名詞だけを並べただけのようす。文として成立していないように見えます。

原文を見てみると、ここの部分はセミコロンで区切られています。そしてやはり動詞がなく、動詞が含まれていません。やはりセミコロン移行の部分は、独立した文章ではなさそうです。

セミコロンはたいていの場合、文の区切りとして使われます。訳する上ではピリオドと同様に「。」を対応させて文を区切ることもできますが、前後の文節につながりがあることを強調している点に注意しましょう

例えばデカルトの有名な「我思う、ゆえに我あり」という言葉は、英訳だと「I think; therefore I am」とセミコロンで区切られています。文法的には「I think. Therefore I am」としても問題ないのですが、これは前後のつながりをある程度強調するためにセミコロンで区切ってあるのです。

今回の原文もこれと同じで、セミコロンの前後で意味のつながりが強調されている、つまりは前後の意味をうまく組み合わせた全体として意味を解釈する必要があります。この文章の中にセミコロン移行の部分の意味がどう入ってくるかを考えると、おそらく「require」の目的語でしょう。つまり、「犠牲、苦しみ、闘争」と同列に、進歩には不可欠なものとして列挙されるもののはずです。

すると、次のような訳例が考えられるでしょう。「目標へと一歩進むためには、犠牲、苦難、闘争、そしてそのために身を捧げる個人が絶えず努力し入念に心を配ることが不可欠である」あるいは分割して、「目標へと一歩進むためには、犠牲、苦難、闘争が不可欠である。加えてそのために身を捧げる個人が絶えず努力し、入念に心を配ることも欠かせない」。

文を分けた都合上、「require」に対応する言葉を「不可欠である」「欠かせない」と繰り返すことで2文目の動詞を補いました。1文にまとめられればエレガントなのですが、1文が長くなりすぎて何を言いたいのかわからなくなりそうな場合、やむをえず分割することも必要なのではないかと思います。当然ながら、実行の際は意味がねじ曲がらないよう十分注意する必要があります。

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