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Microsoft翻訳は「play」を「再生」と訳しがちなのか

よく知られている言葉だからといって、翻訳が簡単とも限りません。

「play」という単語は複数の意味を持つ多義語であり、今回Microsoft翻訳は見事につまずいたわけですが、その誤訳のやり方は、訳文作成のステップが透けて見えるような興味深いものでした。

今回の訳文は、ジェイコブ・ブロノフスキー著、『創造の道』より、神について語るアインシュタインにまつわる一節です。

He was fond of talking about God: ‘God does not play at dice‘, ‘God is not malicious’. Finally Niels Bohr one day said to him, ‘Stop telling God what to do’.

Google翻訳と、Microsoft翻訳のオンライン翻訳で作成した訳文は以下の通りです。

Google翻訳

彼は神について話したいと思っていました神はサイコロで遊ばない」「神は悪意を持っていない」最後にニールズ・ボーアは「神に何をすべきか教えてやめなさい」と言った

Microsoft翻訳(オンライン)

彼は神について話すのが好きだった: ‘ 神はサイコロで再生されません ‘、’ 神は悪意のある ‘ ではありません。最後にニルスボーア一日は彼に言った, ‘ 何をすべきかを神に告げる停止 ‘.

では、訳文のポイントを見ていきましょう。

fond of talking about God

この箇所の訳はMicrosoft翻訳のほうが正確です。

「Fond of」は「~が大好き」という意味の表現。この文章では「fond of talking」と「talk」を動名詞にすることで「話すことが好き」としています。Google翻訳はなぜか「fond of」の意味を無視して「~したい」としています。これはどちらかといえば「want to」の訳語

「fond of」は特段珍しい表現でもなく、文章自体も複雑なものではないので、ここでの誤訳は非常に奇妙です。Google翻訳はごく稀に、音が似ている語を混同したような誤訳が見られるので、もしかするとそのパターンかもしれません

God does not play at dice

この一言はアインシュタインの名言として聞いたことがあるかもしれません。万事を確率的にしか測れない量子論を批判して語ったものであり、「神はサイコロを振らない」という訳が知られています。

基本的にはシンプルな文章なので、機械翻訳でも簡単に訳せるはずの文章。それが証拠にGoogle翻訳の訳はちゃんと意味の通る文になっています。

不可解なのはMicrosoft翻訳の「神はサイコロで再生されません」という訳文

「再生」とはなんのことか?神について語っているだけに、なにかキリスト教的な含みがあるのだろうか?何をどうすればこんな誤訳になるものか?

めぐる疑問を解消できるかと望みをかけ、文章全体から切り離した「God does not play at dice」だけを訳させても、なんと出てきたのはそのままの訳文。ということは「Play」は「再生」と解釈されているようです。

そうなるとこの「再生」は、「動画や音楽を再生する」という意味の再生だと考えられます

その前提に立つと、Microsoft翻訳の訳文構築のステップがうっすらと見えてきます。おそらくMicrosoft翻訳は「God」や「dice」の言葉の意味はまず考慮に入れず、「play」を「再生する」と解釈する前提で文章を組み立て始めたはず。

「音楽や動画を再生する」という意味の自動詞として「Play」を文章に含める場合、再生されるコンテンツは文章の主語として据えられます。この文章だと「God」が主語なので、文章の構造からは「God」が「再生される」ものとして判断されるわけです。

残る「at dice」はどのように片付けられたのでしょうか。

「at」という単語を、場所を表す前置詞として解釈すれば、文全体として「Godというなにかがdiceという場所でPlayされる」という構造の文章が成立します。あとはそれぞれの単語を日本語に置き換えると、見事訳文のできあがり

上記の過程は推定に過ぎませんが、それでもこの訳からMicrosoft翻訳独自の傾向が見えてきます

まず、「play」の訳語として何を選ぶかという確率がGoogle翻訳とはかなり異なるのであろうこと。次に、例えば「God」とは何であるか、「dice」とは何であるかといった意味論的な情報は訳語の生成には関わってこないらしいこと。加えて、訳文を作る上で動詞の解釈が重要な部分を占めるかもしれないということなど。

Stop telling God what to do

この訳はどちらもそれぞれおかしなところがあります。「Tell what to do」という言い回しは、「何をするべきか伝える・指図する」という意味。神についてああであるこうであると語るアインシュタインに対してニールス・ボーアは、「神に指図するのはやめないか」というような言葉をかけたわけです。

Google翻訳は字義通りに言葉を拾っていったものの、「stop doing~」の解釈でつまづいた様子。これは「~することをやめなさい」という意味の表現。

Google翻訳は「Tell」と「Stop」の2つの動作を行うものと解釈したと考えられます。つまり「何をするか教えて(、それから)やめなさい」という文章を組み立てたというぐあい。

Microsoft翻訳も間違いの根っこは同じことで、「Stop telling~」を「Stop and tell~」のように、それぞれを個別の動作と解釈したがゆえのミスだと思われます。

しかし「stop and tell」のように解釈したのであれば、「止まる」という意味が「告げる」より先に来るような気もします。もしかすると構文のレベルでは「~することをやめる」という文章の形であるとわかっていたにもかかわらず、「告げることをやめる」という言葉が出力されず、「停止」という名詞が間違えて出力されたという、単語の配置のレベルでのミスではないかという解釈も考えられます

Microsoft翻訳のシステム上、そんなことが起きるのかどうかはわかりません。しかし「stop doing~」という用法は一般的に使われるはずなので、学習データにもふんだんに存在するはず。もしかするとどちらの訳も、英語の意味は汲み取れた上で日本語での再構成でつまづいた、と考えるほうがより正確なのかもしれません。

Google翻訳もMicrosoft翻訳も、何かのアーキテクチャをもとにしたニューラル機械翻訳のシステムがあり、何らかの学習データを使って学習させたものです。製作元が違うのですから、当然アーキテクチャにも学習データにも差が出るはず。「play」というたった一つの単語の解釈を見るに、その差は思いの外如実に出てくるもののようです。

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